田辺大根ふやしたろう会
  

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「復活」田辺大根

 
 大阪市東成郡田辺地区(現大阪市東住吉区)の特産である白首の大根で、天保7年(1836年)の「名物名産略記」に記載がある。本品種のルーツは白あがり京大根とねずみ大根との交雑後代が当地区に土着したのではないかとされている。明治時代の田辺大根は短根で縦横がほぼ同長のものであったが、次第に長型に淘汰改良された。根部は白色の円筒形で、末端が少し膨大し、丸みを帯び、長さ20cm、太さ9cmほどで、葉には毛じがない。肉質は緻密、柔軟で甘みに富み主に煮食用で甘漬けにも適する。昭和25年頃に発生したウイルス病のため、新しい品種にとって代わってしまったが、昭和62年の農産物品評会で本品種を発見し、出品者の大阪市住吉区の岡田清氏から種子を譲り受け、当所で維持保存している。また、田辺大根から派生したやや長めの「横門大根」は大正の頃に、東住吉区の法楽寺の西横門の前の畑で栽培されていたことから名付けられたとの説がある。
「田辺大根をふやしたろう会」では
田辺寄席を通じて田辺大根の
普及にも努めている

大根の花
「田辺の大ちゃん」のキーホルダー・
田辺大根の惣菜パン「大ちゃんパン」
「なにわの伝統野菜」(平成13年3月、農林水産業振興事業実行委員会発行)から転載
田辺不動尊 =法楽寺=
紫金山小松院法楽寺が正しい呼称。
治承2年、(1178)、平重盛が創建し、仏舎利を治めたと伝えられてる。
平治の乱後、源義朝の念持仏如意輪観世音を安置して、
源氏の菩堤をとらむった。天正年間、織田信長の兵火で焼失を くらったが、
現在の本堂は、元禄年間に大和宇陀の城主織田家の書院を移したものである。
本山の本尊は、当初は、観世音であったが、いつのころからか不動明王を祀り、
田辺不動尊、一名厄除け 不動明として遠近からの参詣が多い。
写真の右側に写っている大楠は、昭和43年10月に
大阪市の保存樹林の指定を受けています。
住所:大阪市東住吉区山坂1丁目18-30
アクセス:JR阪和線南田辺駅下車、和歌山方面改札を降りて左へ。商店街を抜けきったところで右へ曲がって1分少々。
北田辺ホームページより転載
田辺大根碑建立
平成15年12月21日
田辺不動尊法楽寺境内横門近くで
田辺大根碑の除幕式が厳かに行われた

 「本町にあっては遠き昔より其の風味頗る美にして、各方面の
歓迎を受けたる大根を特産せり。是れ当地の土質が大根の栽培に
好適なると栽培法に熟練せるとによれるものにして、世に之を
田邊大根と称し、其の名全国に聞こえたり。」
   
大正十四年編纂「田邊町誌」より
 
 田辺大根は江戸時代より田辺の地で生産される。次第に淘汰
改良され大正時代には田辺横門大根と称せされる。その名は
法楽寺西横門周辺の畑地で栽培されていたことに由来する。
 長らく幻の野菜となっていたが、近年種子がみつかり、
二〇〇〇年から地域の人々、小学校により栽培され復活した。
平成十五年十二月二十日

 



関連リンク 飴の豊下 「なにわの伝統野菜
田辺寄席
北田辺ホームページ