田辺大根ゆかりの地を訪ねて

− 真言宗泉涌寺派大本山 法楽寺  駒川モール商店街

  

大阪市東住吉区。天王寺からJR阪和線に乗り二つ目の南田辺駅に到着する寸前に三重塔が見える。
近畿三十六不動尊霊場第三番ならびに大阪十三佛霊場会第一番、役行者霊蹟札所ともなっており、「田辺のお不動さん」として親しまれてきた法楽寺である。
ここ法楽寺はかつては摂津国田辺と呼ばれた、現在の大阪市東住吉区山坂に位置している。
北には四天王寺、東には繁華な平野郷、そして西には朱雀大路、または熊野街道が通っていた。

法楽寺(正門より)
 朱雀大路は、北は四天王寺を経て難波宮へと続き、南は日本最古の官道である竹之内街道へとつづく道。熊野街道は、古くは熊野参詣路としてにぎわった街道。それら大道、街道としてにぎわいをみせていた中間域にある。
 2003年(平成15年)12月21日、田辺大根ゆかりの地の記念碑が西門に向かって建立された。
天保7年(1836年)の「名物名産略記」に記載があり、ルーツは白あがり京大根とねずみ大根との交雑後代が当地区に土着したのではないかとされている。田辺大根から派生したやや長めの「横門大根」はこの田辺大根から派生したやや長めの大根で大正の頃に法楽寺の西横門の前の畑で栽培されていたことから名付けられたとの説がある。朱雀大路は、北は四天王寺を経て難波宮へと続き、南は日本最古の官道である竹之内街道へとつづく道。熊野街道は、古くは熊野参詣路としてにぎわった街道。それら大道、街道としてにぎわいをみせていた中間域にある。
 2003年(平成15年)12月21日、田辺大根ゆかりの地の記念碑が西門に向かって建立された。
天保7年(1836年)の「名物名産略記」に記載があり、ルーツは白あがり京大根とねずみ大根との交雑後代が当地区に土着したのではないかとされている。田辺大根から派生したやや長めの「横門大根」はこの田辺大根から派生したやや長めの大根で大正の頃に法楽寺の西横門の前の畑で栽培されていたことから名付けられたとの説がある。

 現在は西横門の前の難波大道を挟み、住宅が立ち並び、大根畑があった形跡すら残っていないが、「田辺大根ふやしたろう会」や地元の支援者、地域の幼稚園、小学校、なにわの伝統野菜応援団・森下正博先生やなにわの伝統野菜の復活に多くの人が携わり、毎年12月に地元商店街の協力で田辺大根フェスタが開催され、法楽寺では12月28日の「しまい不動」の縁日では田辺大根の大根炊きが参拝の方々に振る舞われ、田辺大根や天王寺蕪、田辺大根飴、田辺大根焼酎などの加工品を販売するブースも設けられ、多くの参拝者で賑わっている。


田辺大根ゆかりの地の碑
建立法要 田辺大根ふやしたろう会挨拶
建立式の参加者と西横門 森下正博先生挨拶 振る舞い大根炊き(法楽寺HPより一部参照)
田辺大根フェスタ会場にて 法楽寺しまい不動にて